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「BLUE SKY BLUE」 … 著:あずき

#01:Lemon Innocent
#02:Citron Memory
#03:Apricot Good-bye
#04:Another Strawberry 39


#01:Lemon Innocent

いつからだったろうか?そんなこと覚えてもいない。
物心ついた時にはずっと一緒にいた記憶がある。
あたしと淳平はいわゆる、家が隣の「ご近所さん」。
お互い一人っ子だったという事もあって、あたしと淳平はまるで兄妹のように育ってきた。
もっともあたしにとってはお兄さんという感覚じゃないかな。
年も1つしか離れてないし、何より頼りないったらありゃしない!
頭もアホだし、運動だってからっきし。すぐ泣くし、ケンカすらできない。


「……っ なんだよヒデくんの奴。俺が買ってもらったゲームなのに 全然返してくれなくて…」

『じゅんぺー!見ろっ!ゲーム取り返してやったぞ!!
あーっまた泣いてる〜〜〜〜っ!!唯より1コ上なのに泣くなよな!泣き虫だなぁじゅんぺーは…』*1


こんな風にあたしがしょっちゅう助けてた。
あたしと淳平は幼稚園に行くのも一緒だったし、外で遊ぶのも一緒。
お互いの家に寝泊りする事もしょっちゅう。
そういえばかくれんぼしててこんな事もあった。

「唯の奴どこ行ったんだよーもうすぐ夜だよ。」
「オレ、もう帰らなきゃ母ちゃんに叱られるよ!悪いけど先に帰る!」
「あたしももう帰らないとやばいから!ごめん淳平君、唯ちゃん探しといて〜!」


その後、淳平は小一時間探していたらしい。
草むらで(服を脱ぎかけながら)寝こけているあたしを見つけたのは午後の7時。
2人そろってマンションの前でワンワン泣きながら両親4人に叱られた。
特にあたしは自分が原因を作った上に、お父さんが厳しかったのでその晩家に入れてもらえなかった。
一通り家での第2ラウンドが済んだらしい淳平が、玄関のドアの前でうずくまってるあたしを見て、

「ウチ入れよ。追い出されたんだろ?」
『う、うるさいなぁ!放っとけ…ハ、ハクション!』
「ほら!放っとける訳ないだろ!くしゃみなんかして!悪い奴にさらわれたりしたらどーすんだよ!もうお前探すのはこりごりなんだよ!」

掴む手を離さない。
その時の淳平の真剣な眼差しからはいつも泣いてる情けない姿はなく、やっぱり年上なんだな、と思った。

その日、遊び疲れ、叱られ疲れのあたしと淳平は、そのまま一緒に淳平の家で朝までぐっすり寝た。
(ついでに二人そろって風邪引いた。)




#02:Citron Memory

小学校では集団登校だったから一緒に通うのは毎日だったけど、
学年も違ってたし、さすがに次第と遊ぶ機会も少なくなった。
それでも並の友達と比べて全然多くて、ただ、この頃となると女子は女子で、男子は男子で遊ぶせいか
よくあたしと遊んでいた淳平は、女みたい、と小学校に入っても少しいじめられていて、
その時もよくあたしが助けに入ったりしてた。

『あのさぁじゅんぺー、泣いてるばかりじゃなくて、少しはやり返したらどーなんだよ。』
「でもオレ…ケンカ弱いし、絶対負けるもん…。」

小学生になっても本当情けないなぁと思っていた。
ただ、淳平は一度もいじめられている原因があたしであるとは言わなかった。
もっともあたしがそれに気付いたのも最近で、今思えば…ってところ。
淳平は本当に優しかったんだよなぁ。


あたしが小学校2年、淳平が小学校3年の頃、半分興味本位で二人そろって塾に行く事になった。
時間が深いからどうやら淳平のお母さんが「お兄さんなんだから守ってやりなさい」とでも言ったんだろうか、
塾へも一緒に行って一緒に帰る。

「……ん?何だよ?」
『あ、あ、あ、アレ…!』
「うわっ…でっけー犬!」
『何とかしてよじゅんぺー、あれ!』
「え?お前犬嫌いなの?」
『そうだよ!だ、だからさ…』
「だ、大丈夫だって!そーっと行けば、そーっと…」
ガウッ!ガウガウッ!
『あーん!じゅんぺーの嘘つき!やっぱり追っかけてくるじゃん!』
「う、うるせーな!犬の考えてる事なんて分かる訳ねーだろ!」
『とにかくなんでもいいからなんとかしてよ!年上だろッ!?』
「なんとかしろっつったって…そうだ!ていっ…よし!逃げるぞ!」
『え?あ?ちょっと…あれ唯のたい焼きじゃない!弁償してよ!べんしょー!』
「お前がなんでもいいからなんとかしろって言ったんだろー!」

アホで泣き虫、世話のかかる弟。
だけどいざとなったら頼りがいのある優しい兄。
1つしか違わない淳平はそんな存在だった。
ずっと一緒にいると思ってたし、それが当たり前だった。




#03:Apricot Good-bye

小学校4年の夏の日。
夏の始まりはいつもなら毎年淳平の家族とウチの家族で、近くの桜海海岸へ潮干狩りへ行くはずなのに、
その年はいつまで経ってもその気配がなかった。
どうしたんだろう?と思っていたら、お母さんから話があると聞かされた。
(あーようやく行くんだー)と思ってたあたしの耳に入ってきたのは信じられない内容。
それはウチの家族がお父さんの田舎に引っ越すという話で、引越しの日時とかも既に決まっていた。
お父さんは優しいんだけど、いわゆるカタブツのテイシュカンパク(漢字は書けんが)というやつで、
重要な事もロクに家族と相談する事なく決めてしまう。お母さんも年の差があるせいかあまり強く言わない。

『ヤダヤダヤダヤダヤダ!なんでよ!なんでウチが引っ越さなきゃいけないのさ!
あたしだって友達とか、ずっと……………と一緒に……いたい…のに!
勝手だよ!お父さんもお母さんも勝手すぎるよッ!!』
「ちょっと唯ちゃん!」

バン!
あたしは泣きながら家を飛び出し、淳平の家に押しかけた。

「ン?どうしたんだよ唯?」
『海行こう!』
「ハァ!?なんだよ突然…どうせもうすぐ行くだろ?また桜海海岸に潮干狩り…どうした?お前泣いてるのか?」
『ち、違う!泣いてなんかいない!じゅんぺーと一緒にするな!』
「いや、でも子供2人じゃ…」
『いいから来て!』
「ちょっ、ちょっとおい!オレ今この間録った映画見てんのに…」


いつもなら2家族6人そろって行くはずの道のりを、
今は、ラッシュを抜けて2人。下り電車を乗り継ぐ。
淳平が何を問いかけても、あたしはただ「いいから来て」、それだけ。
掴む手を離さない。
涙をこらえながら行くあたしにはそうするので精一杯だった。
少しずつ、海へと近附く―― *2

「ハァハァ…ったくどうしたっていうんだよもう。」
『……………』
「用がないなら帰るぞ?」
『……………』
「うつむいてないでなんとか言えよ。こっちは訳分かんないんだからさ。」
『……………』

長い沈黙の後、スゥっと深呼吸をして、頼りない声であたしは言った。

『唯の家族、お父さんの田舎に引っ越す事になったんだ…。』
「…え?」
『だからも唯も転校しちゃうんだ…。』
「そう…なのか…。」

それまでの沈黙を埋めるかのように、押し殺していた感情、そして涙がセキを切ったように流れ出した。

『………ねぇ、なんで行かなきゃいけないの?!泉坂でずっと過ごして、いっぱい友達も作ってきたのに!
行きたくない!あたしは泉坂に居る!じゅんぺーと離れたくないよ!!』


『はぁ…はぁ…』
気持ちを思いっきりぶつけたせいか、涙も止まり、あたしは幾分落ち着きを取り戻した。
すると今度は淳平の方がうずくまったまま何も話さない。

『………なんか言ったらどうなの?!唯居なくなっちゃうんだよ!?それとも…(あたしなんかいなくても…?)』
「…唯、こんな話知ってるか?」
『え?』
「さっき見てた映画なんだけどさ。俺らぐらいの子供達が身勝手な親や先生に集団で反抗するっていう内容なんだよ。」*3
『ちょっと!いくら今ハマってるからってこんな時に映画の話?!
…そうだよ!親なんて勝手だよ!何でも自分達の都合で勝手に決めてさ!
あたしの事なんか何にも考えてないんだッ…!!』

「…それは違う!」
淳平のあの真剣な眼差しにあたしはビクッとなった。

「…あ、いや…ゴメン驚かせちゃったな…。
…その映画の子供達さ、そりゃもう必死に戦っててさ、俺とあまり変わらないのにスゴイなぁって思ったよ。
だけどさ、そんな子供達の前に、親や先生達も一歩も引かないんだよ。自分達が嫌われてるのにだぜ?
それが不思議でさ。なんでかなぁ?ってオレも子供なりによーく考えたんだけど、
やっぱりその親も先生達も子供の事が本当に大事だからなんだろうなぁって思った。」
『……………』
「だからさ、唯のお父さんもお母さんも唯の事考えてない訳ないじゃん。」
『……………うん。』
「別れるのは寂しいけどさ、またいつでも逢えるし、
それに向こうでまた新しい友達に会えるだろ?そう考えたらワクワクしないか?」
『…………うん。』


アホな淳平がこんな立派な返事をするとは思いもしなかった。
普段泣き虫のくせにあたしが困っている時はいつも強く励まして受け止めてくれる。
固まっていた気持ちを滑り出させてくれる。
やっぱり淳平は年上のお兄さんなんだと思った。

「いつ引っ越すんだ?」
『…再来週の土曜日。』
「…じゃあさ、それまで思いっきり遊ぼうぜ?」
『……うん。』
「…そんなしょげた返事…すんなよな。」
『…うん。』
「…唯が笑ってくれないとさ…俺も…心配だよ。」
『うん。』
「…元気出せ…よ…二度と…逢えない…訳じゃ…ないんだ…から…さ……」
『うん。…ん?』

振り向いて横を見ると、腕を組んでうつむいてる淳平は泣いていた。
なんだよ…あれほどかっこいい事言っといて…台無し……。ホント世話のかかる弟…。

『あーっまた泣いてる〜〜〜〜っ!!唯より1コ上なのに泣くなよな!泣き虫だなぁじゅんぺーは…』 *1
「うるせぇな!お前だって泣いてるじゃねーか!」

いつもより短い夏が終わりを告げた。




#04:Another Strawberry 39

それからは淳平の言う通り、こっちでもちゃんと新しい友達が出来たし、あたしはそれなりに楽しく過ごせた。
だけどどこか寂しさは消えないまま。そして、その友達とも皆、高校進学で離れる事になる。
そんな訳であたしは泉坂地区の高校を選ぶ事にした。

「あ、はい。ご無沙汰しております。実はウチの唯が………それで……はい…はい…
よろしいですか?ご迷惑おかけして申し訳ありません。
ありがとうございます。はい、よろしくお願いします。それでは…。
…よかったわね唯ちゃん!真中君の家に泊まっていいって!」


あれから5年…
あたしは泉坂に帰ってきた。懐かしいこの街…大切なトモダチ…
そして…
アイツはどんな顔してるかな?
もしかしてまた泣いてたりして?
ハハッ、いくらなんでもそりゃないか。

もうすぐ逢えるんだ…またずっと一緒に――――




ピンポーン!

『こんばんわぁ!』
「はい?」
『南戸です。』
「あ、唯ちゃんね、ハイハイ、ちょっと待ってね。」

ガチャ!

「まぁまぁ唯ちゃんお久しぶり!あらぁちっとも変わんないわねぇ!」
『もぅ、おばさんまでそんな事言うー。』
「あららごめんなさい。でも懐かしいわ〜、さ、遠くから疲れたでしょ?上がって上がって」
『お邪魔しまーす。…淳平は?』
「それがバイトに行ったっきりまだなのよ。こんな時間なのにどこで道草食ってんだか…」
『ええ〜!』
「仕方ないから淳平は放っといて先にご飯食べに行く?」
『うん、行きまーす!実は唯お腹ペコペコで…。』
「それじゃ行こっか。色々積もるお話も聞きたいしねぇ。」

… … …

『ごちそう様でしたっ!』
「はい、よろしいおあがり。唯ちゃん体に似合わずよく食べたわねー。」
「ハンバーグとカキフライの定食をペロリだもんなぁ。」
『えへへ…食べ盛りなもんで。それにハンバーグと牡蠣は唯、大好物なんです。』
「あらそうなの?そういえばハンバーグはウチに来た時もよく作ってあげたけど、牡蠣が好きだったなんて意外ね。」
『うん。牡蠣が一番好きなんですけど、貝が好きなんです。』
「へぇ〜。あ、貝と言えば昔よく唯ちゃんとこの家族と一緒に潮干狩り行ったわねぇ。」
『そうなの!…淳平と一緒に取って、おばさんとウチのお母さんが作った貝のお味噌汁に半熟の目玉焼き。あれがすっっごく美味しくて!
だから引っ越してからもよく貝を食べる様になって、お料理も一番得意なの、お味噌汁と目玉焼きなんです。』
「まぁまぁ女の子らしくなっちゃって。」
『へへっ。』
「それじゃ出ましょうか。」
「そうだな。母さん、これから久々にカラオケでもどうだ?」
「あっ、いいわねぇ。唯ちゃんも来る?」
『うーん、唯眠くなってきたんで帰ります。』
「そうね、あんな遠い所から来たんだもんね。でもどうしようかしら?布団とか敷けてないし…。」
『あっいいです別に。淳平のベッド借りますから。いいですか?』
「あーあんなベッドでいいんならいくらでもどうぞ。それにしてもどこほっつき歩いてんだかあのコは…。
それじゃこれ、ウチの鍵ね。失くさないで、帰ったらちゃんと内側から鍵かけて。気を付けてねー。」
『はーい!』

… … …

ドン!

『キャッ!』

「あ…すいません。(シカトかよっ!………ん?赤い…毛糸?) ごっごめんなさい!コレ…ほどけちゃったけど。」

『――なんで泣いてるの?』

「え…」

『変な顔!』 *4


...continues to Vol.5 “No.40 -omoide no onna-”




【引用箇所・注釈】
*1…単行本第5巻40話より
*2…BLUE SKY BLUE / 浅倉大介(詞:井上秋緒)より一部
*3…しっかりとは知らないんですが、「ぼくらの七日巻戦争」をモチーフにしているつもりです。
*4…単行本第5巻第39話より