Top > Writing > 「夢の続き 明日の風」




■SCENE-13:『終わらない放課後』


「いや〜なっつかしいっな〜ホント〜!」
「真中くん、さっきからそればっかり。あ、職員室だよ。」
「あ、うーん…。」
「どうしたの?」
「いや、やっぱ少し緊張するな…ってさ。」
「そう?」
「だって黒川センセって厳しかったしさぁ…。東城はそりゃ叱られる事なかったろうけど、俺とかさつきや小宮山は怒られてばっかだったぜ?」
「うーん…じゃああたしが開けるね。」
コンコン!
「あ、ちょっ…。」
「失礼します。」
 愚痴と躊躇いとを交える淳平を尻目に、綾は気にする事なく職員室のドアをスライドさせた。
 中では書類を持っていたり、弁当を持っていたりと、教師達が昼休みをそれぞれに過ごしている。見知った顔も多かったが、何人かは知らない顔も居た。そして、手前側にいる教師の何人かが自分達に視線を集めてくる。
「あ、えーと…。」
「あの〜俺達ここのOBなんですけど…、黒川先生は居ま…いらっしゃいますか?」
 注がれる視線に綾はあたふたとしてしまい、今度は逆に淳平が慣れない砕けた敬語で切り出した。
「ああ〜向こうに居るけど…。」
 二人が正装や何処かの業者の服装でない事もあって早々に知り合いと判断したのか、特に二人が何者かも聞かず、その教師も砕けた感じで、遠く物に隠れて頭髪だけ辛うじて見られる彼女を指した。しかし、指された方は気付いていないのか動かない。
「ああ〜じゃあ向こうから入り直すか。」
「失礼します。」
「失礼しま〜す。」
 もう片方のドアに回った二人。再び「失礼します」と揃って礼をしながら入室する。
「あ、あれだな。」
 ボソリと聴こえないボリュームで淳平が喋ると、綾も囁くように返した。
「…寝てるのかな?」
 まごついていると、反対側でつい先ほど対応してくれた教師が「入りなよ」と言ったので、二人は遠慮は止めて中に入らせてもらう事にした。
 机の側まで近付いてみると、彼らの恩師・黒川先生こと黒川栞は、机に突っ伏して咽び泣いていた。
 その様子にたじろぎ、綾は心配そうな声で淳平に尋ねた。
「な、何かあったのかな…?」
「……………いーや、これ見てみ。」
 栞の右手に握られていたのは、毎週発売されている数字選択式宝くじ。左手に握られているのは恐らくそれの結果が載っているのであろう新聞。どちらも物凄い握力によってグシャグシャであった。
「……………あー。」
 これには綾もだらしなく「あー」と言ってしまうしかなかった。二人とも何か見てはいけないようなものを見てしまった残念な気分に苛まれた。
「どうしよう…?」
「とりあえず起こすしかないだろ。先生、ちょっと!俺ですよ、真中ですよ。東城も来てます。」
 揺さぶられて顔を上げる恩師は涙を流しながら振り向いた。
「真中〜〜〜〜〜〜〜〜!東城〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 大きく引き気味になる二人に間髪入れず、栞は左腕で淳平を、右腕で綾に抱きついてきた。
「ちっきしょ〜〜!なんだこの当選番号!カスリもしてない!先週金運◎とか雑誌に書いてたの信用していつもの10倍買ったのに、あんのインチキ占いめ〜〜!!!」
 無理して笑顔を作りながらも、綾は少し心配そうに「落ち着いて下さい」となだめるが、淳平は眠た気に呆れた顔をして棒のように突っ立っている。「はいはい」といった態度だ。
(せめて再会の嬉し泣きとかだったらいい画なんだけどなぁー…。)


「落ち着きました?」
「ああ、すまん。ズビーッ!あーくやしーっ!ケド泣いてスッキリしたわ。」
「一体いくらスったんですか…。」
 ティッシュで鼻をかみ、足元の小さなゴミ箱に入れると、栞は改めて二人を迎えた。
「それにしても半年振りか。来てくれて嬉しく思うよ。」
『いえいえ。』
「二人とも忙し…そうだな。高校に居た頃より生き生きして見える。」
「そうっスか?」
「あんまり自分では分からないんですけど…でもありがたい事にお仕事続けられています。」
「ああ、そういやこの間の新刊も買って読んだぞ東城。12月に出したヤツ。」
「ありがとうございます。でも言ってくれたら送ったんですけど…。」
「俺も買ったぜ。」
 ごめん、読み終えてないけど、と後ろに付けて淳平も言い出した。
「ありがとう。」
「真中、お前も大変そーだなぁ…。」
「まぁボチボチですかね。」
「他の皆も半年前に会ったけど、皆元気そうでよかったよ。」
「先生こそ…お変わりないようで。」
「確かに、学校で堂々とギャンブルやってんだからな。…あででで!」
 茶々を入れる淳平の頬を栞はつねってこう言った。
「ま〜なか〜、お前はホンットに変わらないようだなぁ…。」
 その様子をクスクスと微笑っている綾だったが、しばらくして「あ…」と口にすると明後日の方向に視線を向けていた。その様子を見て淳平が声をかける。
「ん?どうした?東城。」
「あの…ごめんなさい、ちょっとだけ外します。文芸部の佐藤先生に挨拶してきます。」
「ああ、行っといで。」
 そそくさと席を立つ綾。それを見送ると、椅子を回転させて栞は淳平に切り出した。
「角倉は元気にしているか?」
「元気ですよ。毎日会う訳じゃないですけど、も、しょ〜っちゅうこき使われてます。」
「よく分かるだろ?プロってのがどれだけ大変か。」
「…………そっスね。」
「アイツが最初にお前を訪ねた時覚えているか?」
「あ〜…。」

「で、コンクールの結果って聞いてる?」

「俺は優勝でもいいと思う。」

「君が一人で撮ったビデオが観たいな。」


「正直、ちょっとガッカリしたな。」

「あの時、私の所にも寄っててな。後輩凹ませんなって言ったんだけど、ま、やっぱりプロのアイツの言う事の方が正解だったって所かね。あと、お前らの作った映像研究部が私らのやってた映像部とは違うって知って軽くショック受けてた。あの反応は傑作だったわ。」
「………。」
「角倉が3年の時にお前の所へ来た時、アイツがお前を引き抜いたりしなかった理由が分かるか?」
「……分かる気がします。あん時の俺は、自分でもそれなりにやってきたと思うし、そう思う事自体は今も変わんないです。でも、俺はそこで満足して終わってた。映画は…あそこに居る東城を始め、外村や多くの仲間がいてやってこれた事だし、それにアイツらはそれ以外でも勉強とか小説、ホームページ作りとか、自分の世界にも情熱傾けて実行に移してた。そーゆーのはあの頃の俺には出来なかった訳ですけど、ただ出来る力があるとかないとか以前に、まず自分で出来ない、って思ってる時点でもう可能性はなくなっているんですよね。結局そんな逃げ腰の姿勢じゃ自分の出来る事なんて少なくて…、その中で俺一人の力で何ができるのか、自分でも分かってなかった。要するに自分ってモンがなかったんだと思います。ま、今でもそんな立派なモンあんのかな分かんないっすけど……。」
「でも、無いとは思ってないだろ?」
「…はい。」
「ま、そうは言っても普通はそんなモンだとは思うがな。高校生でやりたい事やれて花開かせろなんて方がちぃとばかし無茶な話だろう。だから気に病む事じゃない。ただ、そういう状態のヤツを入れる程プロは甘くないし、いくらでも上には上がいるってこったな。真中、私はな、角倉はお前のことを本当に考えてるからこそ、引き入れようとしていなかったんだと思うぞ。」
「と言うと?」
「例えば、アイツが自分のコネでお前を引き入れようと、お前がそれを利用しようと、それ自体は何ら問題なんかはない。とゆーかあーゆー業界ってそーゆーコネ作ってナンボな世界だからな。ただ、引き入れる方の角倉の身としては、10代やそこらの後輩の人生預かる訳だ。もし他人の子預かって人生崩壊させてみろ。責任重大だぞ?そーゆー他人の事考えられる余裕、あん時のお前にはなかったろ?大学行こうにも成績どん底で打つ手なしだったからなぁ?」
 ニマニマとした目つきで急所を突きながら栞は語りかける。
「痛い所突きますね…。でも…そっすね。認められれば、業界に入りさえすればなんとかなる。それが一番の近道だと思ってました。誰にも相談せずにビデオ撮ってたし、『映画監督』って肩書きばっか目指して気持ちだけ空回りしていたように思います。本当に重要なのは業界に入って何をしたいか、なのに。」
「そーゆー甘ったれた希望なんてものはな、大人やプロの目線からすれば、簡単に見破られるっつーこった。」
「あいたた……。」
 頭を掻きながら淳平は苦笑する。
「ま、その代わり結果さえ出しゃ、一気に認められるってのもプロの世界って訳だな。オセロゲームみたいなモンさ。角に嵌ればどれだけ窮地(ピンチ)でも一気に大逆転する。有象無象の凡作を()った所で、最強の一手(だいけっさく)の前には全部霞んでしまう。お前が受賞したビデオ、ネット配信で観たが、高校の時より、かなり進化していると思ったよ。私が偉そうに言えるモンじゃないがな。」
「んー……(進化、ねぇ…)、そう言って頂けるとありがたいです。先生あんま俺の事褒めてくれなかったですし。」
 やや腑に落ちないといった顔つきの淳平だったが、すぐに栞の教育指針をネタにしながら笑って返した。
「失礼だなー私だって褒める所があれば素直に褒めるぞ?ま、いいか。さっきお前も言ってたが、外村もそうだし、東城はちゃんと解ってたんだよ。トントン拍子に賞獲ってるように見えるけど、実は高校時代も1年の時から色んな賞に応募してたって佐藤先生から聞いてる。ボツの方が遙かに多いんだよ。」
「へー、でも俺達には全然言わなかったなぁ…。」
「何でボツ喰らった話を他人に聞かせるんだよ。こっ恥ずかしいだろ。まぁ、東城がいつ頃から小説家を目指してたかなんて知らないし、どこまでそのつもりだったのかも知らないけど、本物の創作者(クリエイター)ってそんなモノだよ。呼吸するように世界(ひょうげん)創造(カタチに)してゆくし、自然と現実(せけん)に認めてもらおうと体が動いてしまうモンさ。」
「本物の創作者(クリエイター)、か……。」
 感慨と少しの深慮を交えた声で呟くと、綾が戻ってきた。
「ごめんなさい、只今です。」
 その顔を見ると、淳平と栞はニッと微笑んだ。
「?」
 自分が話題になっているとも知らず、眉を上げて不思議そうな顔をして綾もまた微笑んだ。
 その後は3人で、高校時代の話に花を咲かせた。先ほどコンビニエンスストアで買ってきた昼食を平らげる。片手にパンや或いはおにぎり、お弁当。片手に紙パックのドリンク、水筒。それらを持って口に運びながら談笑するのは、何だか少しだけ高校生の頃の自分達に戻れたような気がした。
「さてと…そろそろ授業だな。悪いな。折角来てもらったのに。」
「あー、すみません。俺達も忙しいのに邪魔しちまって。それじゃあ…?」
「何処か…移動しようか?真中君。」
「…ホレ。」
 不意に栞は傍にあった壁掛けの鍵棚からその中の一つを取り出し、綾に渡した。
“映像研究部”
「え?これ…。」
「大丈夫ですか?勝手に入っちゃって。」
「何を言ってるんだ顧問の私が渡してるんだ、当たり前だろ。むしろお前らがそこに寄らなくて何しに来るんだよ。今日は活動もしてないから邪魔にならんし、二人でゆっくり懐かしんで来い。」
「あ…、」
『ありがとうございます!』
 綾と淳平が声を合わせてそう礼を言うと、栞はウィンクをしながら扉を閉めて去っていった。


 職員室を出て教室棟の外れへ。いつの間にか雨も上がり、日没の早いこの時期だからか、辺りは薄い山吹色の空に包まれている。二人が歩く廊下と陽が在る南西の方角との間には教室が連なり、中はきっともっと黄金色(こんじき)の光に染まっている事だろう。それは二人が共に過ごした部室も例外ではないはず。
 だが、それ以外はどうなっているだろうか?あの頃と何も変わっていないのか、それとも全く変わってしまって自分達の居た面影などないのだろうか。どちらであっても構わないだろう。だって、どちらであっても嬉しいから。高鳴る期待に胸が膨らむ。
「はい。」
 曇り硝子のはめ込まれたドアを前に、脇から綾が鍵を差し出した。
「へ?」
「開けるのは部長の役目…でしょ?」
「………なるほど。」
 突然の粋な計らいに呆気に取られたが、フッと笑みを浮かべて淳平は4年と数ヶ月ぶりに、その扉を再び開けた。
「…………。」
「はぁ〜…………。」
 もの言わず数歩、コツコツと音を立てて歩き見渡すと、部室の中は随分と様変わりしていた。自分達の居た時代には無かった機材、自分達の居た時代には無かった資料棚、自分達の居た時代には無かった個人用ロッカー。これは古めかしくて明らかに何処かの運動部から譲り受けたお古だろうが、2段8列のスペースで使用されていないのは1つだけで、他は全て名札が付けられ、いくつかは中に何か荷物を入れてある。
 淳平はまだようやくスタートラインに立てたばかり。思い出を振り返るには早すぎるし、先輩面して得意気に感慨に耽るような余裕もない。だが、傍に居る東城(かのじょ)らと共に、ゼロから始めた活動が、まだ続いて伝わっていっている。それを嬉しく思わずにいられるだろうか。
 そんな様変わりした部室においても、変わっていない所も2つあった。1つは、コードやらがごった煮状態でぶっ込まれた数箱のダンボールと散乱する机。幾分減ってはいるが、日常的な整理の限界、という所か。そしてもう1つは、自分達が3年の時に賞を獲った時の賞状と、そこに挟み込んだ集合写真――

 上段左から、小宮山力也、外村ヒロシ、端本ちなみ、黒川栞、外村美鈴。
 下段左から、北大路さつき、真中淳平、東城綾。

 卒業後、彼らはそれぞれがそれぞれの進路を選んだ。が、この少人数の面子で、たった3年の間で高校生の映像コンクール上位を叩き出し、3名が各分野のクリエイターとして活躍を始め、さらに3名がそれを支える裏方の世界で活躍をしている。全員がバラバラにその道を進んでいる訳ではないとはいえ、それはほとんど奇跡に近い確率と言えるだろう。
「…卒業前に皆で撮った写真ね。」
「…ああ、あん時、端本のヤツが辞めるとか言いやがってどーなるかと思ったけどな。どこまで自由人なんだかアイツは。」
 その言い方は、淳平がちなみを部員として、後輩として、仲間として認識しているという証でもあった。ちなみは当時から自由きままに振舞い、周りに迷惑をかけることもしばしばだった。それに対して部活動への情熱にどっぷり傾いていた、カタブツの淳平が快く思うはずもなかった。しかも彼は圧倒的に女性への扱いが下手で、逆にちなみの方は男性の扱い方は小悪魔の如く長けていた。これでは彼は手を焼くしかない。さらに悔しい事に、ちなみの演技は密かに上手く、台詞覚えも良い。彼女は転校生である事もあって部員の中では活動時間も少ない方だったが、特段彼女に対して演技指導や注文を付けた覚えは淳平にも、彼を支えていた美鈴にもない。
 悔しいが認めざるを得ない個性。今にして思えばあのちなみが脇役に徹してくれただけでも御の字かもしれないと笑って思える。我の強さで言えばむしろ彼らは同類。いや、この写真に写っている全員がそうとも言えるだろうか。
「左は2年の努力賞の時の賞状ね。」
 確かめるように綾が言った。
「そうだな。こん時も写真撮っときゃよかったかな。」
 初めてコンクールに出品し、自分達の実力を知れた作品。様々なジャンルの映像作品がひしめき合う中、目標であった10位入賞を果せず、結果に不満も覚えたが、求められるモノに対して自分達の拘りを貫き通す事の難しさも知った。
 と、それとは全く別の場所に、また3,4枚程、似たような賞状と写真があった。そこには全く見知らぬ顔の後輩ばかりが写っている。
「へぇ〜権田原さんの言った通りだったんだな、これ。」
 そこには彼らが応募したのと同じ「金の鷲コンクール」のものと、また別のコンクールでの賞状があった。
「2006年で金の鷲9位、2008年は4位。…すげえ、2007年は2位じゃねぇか!それ以外にも違う賞獲ってるし!!」
 まるで子供のように、我が事のようにはしゃぐ淳平に綾が解説を始めた。
「私達が立ち上げてから、特に2007年は凄かったみたいなの。この時の監督だった子が、ホラ、この3年の部長のコ。それとその時の2年生に私の友達の妹さんが脚本担当して、そのコもズバ抜けて実力が高かったみたいなの。」
「東城の友達?」
「真紀ちゃんって知ってる?文芸部の方の友達だった。」

「綾ちゃん…東城さんそっちの班に来てない?あたしたちとはぐれちゃったみたいで、携帯もつながらないの。」

「…俺、心当たりある…!」

「本当!?」


「あ、ああ、あのコか。確かショートカットの…。喋った事は殆どねーけど。」
「彼女の妹。私も会った事はないんだけどね。嵐泉祭にはこっそり行ったり、先生の話聞いたりしただけだから。」
「へぇ〜…(あ…れ…?)」
 ここで淳平はある事実に気づいた。自分達は2004年度卒。自分達が設立したのだから当然1期生に当たる。だが、2006年、7年、8年と続いて入賞しているのに、2005年だけが何もなかった。再び我が事のように、動揺しながら淳平が綾に問い詰めた。
「美鈴は!?アイツが部長の2005年はどうだったんだッ!?」
 思わず声を荒げる淳平に、綾は少し寂しげに語った。
「…金の鷲コンクールは入賞なし。」
「そんな…。」
「全78作品中34位だったって聞いてるわ。」
 それを聞いて淳平は愕然とした。考えられない数字だった。ギリリと唇を噛みしめながら思っていた疑問をぶつけた。
「だって…だって、映画の事も部活の事も、美鈴(アイツ)がいつだって一番拘り持ってたじゃねーか!………そりゃあ、情熱だけで何でも上手くいく訳じゃねーケド、よぉ…。」
「…私達が引退した後、一気に部員が減って存続すら危うかった。端本さんがアイドル部と兼部という形で戻ったけど、それでもとても活動できない。しばらく美鈴ちゃんが新入部員の勧誘に力を入れてたけど、美鈴ちゃんだからちょっと見る目が厳しかったのね。後で聞いたけど、校内で次第にいい声が聴こえてこなくなっていたの。『人が少ない文系なのに新歓ムードがない』とか『凄いのは認めるけど閉鎖的だ』とか。」
「…成程な。あとは、しんどさってトコロか。」
「そうね…なんだかんだ言って大変な作業が多いから。でも美鈴ちゃんもそんな事態を憂いていたわ。ああ見えて膝抱えやすいトコロもあるから…。でも端本さんが色々と美鈴ちゃんを巻き込んでいく内に、考えが変わってきたんだって。とにかく少しでも興味持ってくれた人には声かけて、文芸部や放送部、CG部、端本さんのアイドル部の力で体育会系の部活の人も撮影に協力してくれたり。その代わり彼らの大会でカメラを回したりしたみたいだけど。そういった“横の繋がり”が出来て、そして美鈴ちゃんが3年の時は、最終的には1年の部員が10名、全部で17名。」
「じゅ、17!?そんなにか!?」
「それに、さっき言ったようにそれ以外でも色んな人が協力してくれたんだって。あたし達の時って結構自分達が好きなようにやってたから。でも…。」
「…経験者が居ない。」
 台詞を分けたように呟く淳平に綾がコクリと頷いて続けた。
「そう。いきなりノウハウのない人達ばかりになったから、美鈴ちゃんもゼロから始め直さざるを得なかった。知っている限りの知識を教えて、皆で一生懸命勉強したって。でも半年ではやっぱり厳しかったみたい。いざ一作作ってコンクールに出品する時に、相談されたの。『こんなんじゃ先輩達に全然及ばない。出せる作品じゃあない。』って。」
「………。」
 それを少し怪訝な顔つきで淳平は聞き続けた。
「でもね、『それは違うよ』って言ったの。創作の評価を決めるのは創り手じゃなくて、受け手だって。一生懸命皆で創って頑張ってきたのに、どうして何かする前に諦めるの?って。」
「俺は…アイツの気持ちもよく解るな。」
「………。」
 一生懸命創れば創るほど、想いを込めれば込めるほど、それを否定される事が、怖くなる。まるで自分の全てを否定されるようにすら思えるから。
「…あたしも気持ちはよく解る。」
「でも、俺も東城に同意見。それは部長として正しい選択じゃねぇって思う。」
「実際…出してみて審査員の人達からもかなり厳しい声があったんだって。その代わり、嵐泉祭の集客競争ではあたし達も出来なかった1位だったんだって。」
「あ、横の繋がりが出来たから…。」
「そう。端本さんも一杯ファンを引き連れてきたのも大きかったって言ってた。それで獲得した賞金で機材とかも増やせたって喜んでたわ。」
 例えるならば、設備投資というところだろうか。製作環境が整えば、活動はより自由になり、幅が広がる。
「そういう意味じゃ、部を始めたのは俺達だけど、それが続く土台を築いてくれたのは、美鈴(アイツ)だったんだな……。」
「ええ……、あたし達、美鈴ちゃんに感謝しなくちゃね。」
 と、淳平はそこで資料棚に向かい、しまわれてある数冊のノートを見つけた。少しパラパラと読んでいると、彼はまた嬉しそうな口調で綾を呼びつけた。
「おい東城!」
「なぁに?」
「コレ見てみろよ!」
「…これは。」
 “映像研究部 日誌vol.6”
 綾が手に取ったノートにはそう書かれていた。
 めくってみると、見知らぬ後輩が書き綴った日々のメッセージで埋め尽くされていた。普段の活動誌だけではなく、全く他愛もない話や、映画や小説、音楽、漫画といった創作物に触れた感想、黒川先生の似顔絵とそれに対して「似てねー」とツッコミが入ったラクガキ。時には真面目に問題提起を促して、それに他の者が応えるような内容もあり、彼らの絆の強さを感じた。その他にも部員以外の者が書き込んでくれている激励のメッセージもある。そこには自分達も同じ様に過ごした後輩達の日常がありありと記されていた。
 パラパラと同じ様にノートをめくって読み続ける淳平のそれには「vol.4」と記されていた。
 綾は、誰が始めたのか気になり、「vol.1」を棚から取り出してみた。
(この筆跡()は……。)
 そのタイトルの字は、綾には誰が書いたかすぐに判った。美鈴のものだ。
 めくってみると、見開きの左側にはちなみの筆跡で大きく「何でも書いちゃえ〜っ!!」という文字と本人の可愛い似顔絵、サインが入っていた。その脇で小さく諌めるような字で「下品なコト書いたらしばく!」と、美鈴が記している。いかにも二人らしいメッセージだった。が、律するような文面こそ美鈴らしいが、「しばく」という随分砕けたメッセージが、綾には何だか印象的で可笑しく思えた。
 更にめくりゆくと、彼女達が3年生の時の様子がありありと刻まれていた。と、後半の方に差し掛かると、とある1ページがやけに堅く重かった。それはめくるほんの一瞬にしか感じるものでしかなくその正体もすぐに判るものであり、綾の瞳には紙面に貼り付けられた1枚の写真が飛び込んできた。
「見て!真中くん!」
「ン?」
「コレ。」
「おぉー…。」
 そのページを開けて指を差しながら淳平に渡す綾。彼が手にしたノートのそこにあったものは、卒業証書を手にした美鈴に、同じく卒業証書を手にしたちなみが甘えるように抱きつきながら中央に座って、その周りを沢山の後輩が取り囲んでいる姿だった。
「ね、美鈴ちゃんの顔見て。」
「ああ、アイツの…こんな嬉しそうな顔見た事ねーな。」
 二人はしばらくその日誌を読んでいると、綾が口を開いた。
「あたし達もこんなのやっていればよかったかもね。」
 机に軽く腰掛け、後輩達のメッセージを見ながら話す綾に、淳平は思った。
(俺も…そう思う。だけど、もしこんなのがあったら……。)
 記憶を自らの頭の中だけでなく、形として刻み込む。そうするとより鮮明にその記憶は頭の中に残る。それは実に普遍的で、高校(ここ)で学んだ数学の方程式や、日本史の年号だけでなく、全てに当てはまることだ。勿論、思い出も。
(もしこんなのがあったら…俺は開けられただろうか…。)
 虚ろな瞳で淳平は日誌を読みふける綾を少し見つめた。
(逆に…もしもこんなのがあったら、全く違う方向(みち)を生きていたのだろうか…?)
 しかし、その考えはすぐに払拭した。考えたってどうしようもないから。今更望む気も、望むべくもないから。
(じゃあ…“なくて良かった”?)
 それもまた払拭した。また矮小で卑怯な自分が顔を出しそうだったから。
 赦されない。求める事も、忘れる事も――
「…なぁ。」
 鈍そうに淳平の口が開く。
「え?」
 彼が考えている事など全く気付きもせず、綾が振り向く。日誌をやっていればよかった、というのは独り言だったのか、淳平がその言葉に無反応だったことも全く気にしていない。
「俺達も何か書いていかない?」
「え?うーん、いいのかなぁ…?」
「大丈夫だろ。他の部のコが書いたりもしてるんだし。」
「そうだね。」
「ほら。」
 そう言って淳平は綾に手渡した。シャープペンシルを取り出しカチカチと鳴らせたかと思うと、綾はノートを手に「う〜ん…う〜ん…」と、段々と困った表情を覗かせている。
「……東城。そんな考えて書く程のモンじゃねーと思うんだけど…。……俺が先書こっか?」
「……ごめんなさい。そうしてくれる?」
 ノートを預けると、淳平は少しだけ考えて、さらさらと書き記すと、綾に再び戻した。
“映研部1期生・真中淳平、参上!”
 それを見て綾は少しヒクッと顔が引きつるほど呆れ気味になった。
「真中くん、これじゃ不良…。」
「ン?いーんだよ、他に面白いの思いつかなかったし。美鈴だってこんなカンジなんだし、堅苦しく考えんなって。」
「でも、これじゃただのイタズラに思われるよ?」
「あー…、それもそうだな。」
「もう…。」
 フォローをするように綾がメッセージを挟み込んだ。つい先ほどは考え込んで何も書けないままだったのは何処へやら。別に意識した訳ではないものの、淳平が書き出した事で綾も切っ掛けができたのだろう。彼のメッセージの横に記したその言葉はこうだ。
“こっそり遊びに来ました。素敵な映画を作ってね。第1期OB 東城綾”
(さっすが、性格が出るというか、やっぱちゃんとしてんなー…。)
 それを見て、淳平も再び一筆付け足した。
“Fight!”
「コレでどーだよ、東城。」
 その屈託のないシンプルな単語に、綾は“彼らしい”と感じた。
「さて…と。じゃあ、そろそろ出るか…。」
 淳平は綾を衝き動かすかのように、しかしさり気ない言葉で退出を促した。ここへ来た目的は、別に過去を懐かしむ為でも、現在(いま)を閉じ込める為でもないから。
「…雨、完全に上がったね。」
(……?)
「綺麗だね、空が。」
 そう言われて窓越しに見た空は、黄金色と散り散りの雨雲が美しいマーブル模様を描いていた。それを見て、淳平は咄嗟にこう言い出した。
「……屋上(うえ)に行こう。」
「え…?」
「もっとよく見える場所から見たい。そこで、話しようぜ。」
「……分かったわ。」
 教室を出て鍵を戻した後、二人は屋上へ向かう。
(見たいのは、空だけだろうか?)
 淳平は自問していた。そして、向かう足を一歩一歩進める度に、鼓動が、早くなる。
(東城と会ったのは中学の屋上だから、高校(ここ)とは違う。が…)

「中3の冬…こーゆーことあったね…あの時も真中くんがいたよね。」

「言っとくけど俺はこれからも東城と映画を作るつもりだよ!?」


「おっおめでとう東城!………その…東城の才能を見抜いてた一人としては、俺ホント嬉しいんだ…。」

「真中くんこそ…美鈴ちゃんから聞いてるわ。プロの映画監督の人に声かけてもらえたって…おめでとう!」

「期待されてるんだな。やっぱすげーよ東城は!」

「真中くんだって………。」


 それでも、あの頃の二人の関係を演出して(いろどって)きたのは、いつもこの風が吹き、空がよく見える学校の屋上だった。夢の風景(せかい)のようにも思えるこの場所。会う度に少しずつ、あるいは大きく、二人の絆は、その意味は、この空の色彩(いろ)の様に変えてきた。
(そこへ行こうと言ったのは…どうしてだろうか?)
 戯れや気まぐれじゃない。きっと、今日で最後になるかもしれないからこそ、陽に包まれた彼女の姿を、瞳に灼き付けておきたかったからかもしれない。
 いつの間にか、廊下から階段に差し掛かっていた。彼女と会った中学のそれは…確か18段だっただろうか?取るに足らないその数字すら、淳平は鮮明に覚えている。
「……………。」
(何も語らない…振り向きもしない。)
 行こうと言い出したのは淳平だったが、沈黙したまま、綾は階段を昇り始めて行き、数歩遅れて淳平が続く。一段一段踏みしめる度に、手で抑え付けたくなるほど胸は熱を帯び、口の中は渇いていくのが判る。途中、彼女の後姿を下から見上げて淳平は思った。
(もしかして、パンツが見えるかも?いちご模様だったりしてな…。ハッ、アホか…。)
 自分でも呆れてしまう位だった。
 勿論、本気で見たい訳でも確かめたい訳でもない。そうして場違いな発想に一時でも心を預けたくなるほど、心の中が彼女の事で一杯だった。
(知りたい…東城が何を考えているのかを。)
 階段を昇り終えると、綾が扉のドアノブに手をかけていた。
「…空いてる。」
 その手が、扉を前に押し出すと、金色の陽光(ひかり)が射し込んで来た。眩しくも暖かいその光の世界に、吸い込まれるように綾が入ってゆく。淳平にはその様が、彼が初めて綾と会った、黄昏を背にした姿と同じくらい、幻想的に視えた。しばし茫然とした後、その眩しさを目がけ、彼もまた彼女を追う。
 雨天で湿ったコンクリートのタイル。整然とした碁盤の目のようなそれにはところどころ水分が染み渡り、溝はより黒くなっているのがそれを物語る。空は薄暗い雲が散り散りにいくつもあり、その隙間から陽光が射し込んでいた。
「――………。」
 止まる事なく、柵に向かう綾を淳平は少し見つめると、再び歩き出した。
 硬い感触、一歩一歩進める度に更に強くなる胸の圧迫感は続く。絡み付く風が前髪を揺らし、それをざわめき駆り立てる。だが、陽光が包む黄金色(きんいろ)と、彼女の姿がまるで現実のものではないようで、永遠にも思える白昼夢(デイドリーム)に包まれたかのような感覚が、懐かしくも甘く、淳平の心を満たしていた。
 綾の横に淳平が並ぶと、(おもむろ)に彼女は髪留めを(ほど)いた。セミロングの黒髪が、目を射るような煌めきと、風に誘われて踊るその姿は、言葉を失う位美しかった。
 このまま(とき)が止まれば、無責任にそう思いそうになる。でも、瞬きするその想いを本気で求めたら、全て壊れる。目を細める淳平は眩しさにくらんでいるとも、苦悶に満ちているとも言える表情で、綾の横顔を見つめていた。
(初めて遭ったあの日と、何も変わらないような映像(けしき)――。)

「きゃあああっ!」
「わああっ!!」

「驚くのは俺の方だっつの。」


 だが、あの頃と少しずつ変わり、現在(いま)は大きく意味を変容させたその関係。彼女と過ごした間に変わる季節が教えてきた。
(ここに居るのは東城だけど、俺が求めていた彼女とは、違う。)
 そう思う事で自分を落ち着かせようとしているのだろうか。だが、それを進んで自覚しながら、刃を突き立てられたかのように、心を掻き乱されているのが解る。
「ここは、変わらないな……。」
 綾の顔から目を逸らし、柵の向こう側の陽を見て、淳平はそう言い出した。ポケットに手をつっ込み、遠くを眺める振りをして。
 夕暮れの陽の光と学校の屋上。そこに居る彼女と自分の存在を繋げるモノ以外は、何も変わっていない。変わらない景色と、変わりゆく絆。言葉に紡げたのは、前者だけ。
 探るように口にする自分を淳平は少し嫌った。が、綾は淳平の横顔をようやく一度見ると、呟きだした。
「あたしね、小さい頃から空を見てそよ風に吹かれるのが好きだった。そうすると気持ち良くて、悩んでる(きもち)なんか、全部攫ってくれそうで。括っていた髪も眼鏡も、そんな場所なら外せた。」
「――………。」
 瞳を閉じて、綾は続けた。
「そんな時に、真中くんが現れた。最初は何だろう、って思ってビックリしたけど、知り合ったばかりのあたしに、真中くんは自分の夢を語ってくれて、自己満足に過ぎないあたしの世界(しょうせつ)を、凄いと言ってくれた。それもビックリした。あの時、『言ったら笑われるって…叶わなかったらカッコわりぃって』って言って自分でも前置きして言っていたけど、物怖じもせず、『小説家になりたくねーのかよ』って言われて……一切の迷いを打ち消すようで、目が覚めるようだった…。」
(物怖じもせず……?あの頃の俺は、結局最後までただの“口だけ”の格好だけだ。『叶わなかったらカッコわりぃ』…か。

「じゃ、オマエは将来の目標もなしに受験すんのかよ。」

「……遠すぎて言えないってゆーか……。」


 いつの間にかその言葉通りに、口に出す事も憚られるようにすらなっていた。東城…オマエは……。

「ん?おい淳平。これオマエの高校のコが載ってるぞ。」
「あ〜〜?」
「ほらココ!なんかの文学賞受賞だって。」
「とっ東城……!?」

「…好きなの。中学のあの日から、ずっとずっと…!!」

 ……オマエはちゃんと、やるべき事をやっていたじゃないか…。)
「真中くんに逢えて、本当に感謝してる。真中くんにとっては何でもない事だったのかもしれないけど、あの頃のあたしにとってはそれが全てで、今のあたしもそこから始まったと思ってる。」
(何でもない事なんかじゃ、ない……。)
 それどころか、痛い程彼女の言葉は、自分が抱く言葉と同じで。彼女に逢えて、そこから始まって――。
 それなのに、どうしてそれが今も言えないのだろう……?

(だったら…だったらどうして……!お前は…)

(クッ……!)
 彼女のその言葉は、一点の曇りもない純粋な感情から出たものだと判っているのに、その言葉を、受け止められない。そればかりか、正面から視るには遅すぎた彼女の気持ちと共に、気付いた途端急に痛み出してくる傷のように思う自分が、厭になる。彼女の思っている事と自分の思っている事が一緒なのが、嫌だ。そう考える自分が、厭だ。
 感情を(しい)するかのように、その言葉に応えられないまま、淳平はグッと目を瞑った後、綾の顔を見つめて言った。
「東城……、そろそろ…いいだろ?聞かせてくれないか?あのメールの意味を…!」
 今の東城の気持ちを――
 たとえそれがどんな最悪の答だったとしても、今度こそ、ちゃんと確かめておきたいから。
「……………そうね。ごめんなさい。別に過去(ムカシ)を語る為に、ここへ来た訳じゃないもんね。」
 手摺に乗り出して預けていた躯を戻して、閉じていた瞳を開いて、綾もまた淳平の方を向いた。
「でも、その前に一つだけ訊かせて。」
「――………?」
「真中くんは、本当にあのノートの小説を、映画にするつもりなの?」
 憂いを帯びた、しかし真っ直ぐに見つめる真剣な眼差し。応えるべき解は、淳平にとって1つしかなかった。
「ああ、勿論だ!」
 その返事を、綾は一瞬目が醒めたかのような表情で見ていた。
 一切の迷いを打ち消すような、淳平のその言葉。

「でも東城には言う。俺は将来映画作る人になりたい。」

 あの頃と、何も変わらない――
「そう…。」
 「勿論」という彼の言葉。ムカシと変わらない彼の表情(かお)。疑う余地すら無い位本当だと解るから、余計辛くなる。でも、だからこそ自分も――
「じゃあ、あたしも本当の気持ちを言うね……。」
 ドクン!
 その言葉に、淳平はいつの間にか夢中で気付かなくなっていた、早鐘を打ち鳴らすような心臓の鼓動がまた聴こえてきた。
(…知りたい!…知るのは怖い!
 ……東城が何を考えているのかを……!!)
 滾る様に脈動する熱に、淳平は拳で胸を掴んで自身を宥めようとする。
 落ち着け!落ち着くんだ淳平!それがたとえどんな(もの)であっても受け止める覚悟で、お前は今の東城の気持ちを確かめる為に、ここへ来たのだろう…!
 それは時間にして一瞬のはずだが、淳平には酷く永いように感じられた。
 綾が次の言葉を発するまでの、時間。

「あたしね、あの小説を映画にして欲しいとは思わないの……。」
「…………!」

「あの時はああ言ってたけど……。」

「俺があの映画作れるようになるまで待っててくれよな!」
「うん!夢は泉坂コンビで世界せーふく(アカデミー賞)………だね!!」

「それは、そうだろうな……。」

(……嗚呼、やっぱりそうか……。)

 静かに、途切れてゆく。言葉も映像(けしき)未来(あした)も。描いていた世界も、もう、要らないのか。
(ウッ………!)
 静寂に息は詰まり、心が血を流すようだった。けれども刻は、彼の息を止めない。



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