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■SCENE-26:『Awake』


「はぁ〜あ、やってらねっつーの。」
 ぶっきら棒な男言葉は、ヒロシの口から発せられたものでも、力也の口から発せられたものでもない。
「なんで、ちなみが紅白の選考から漏れるのよ!!初出場最有力候補だってゆーのにっ!!」
 それは年の瀬に大層ご立腹の外村プロダクションの姫君・端本ちなみ嬢。
 ダァァンッ!と両の拳をテーブルに叩きつける辺りに、怒りの強さが滲み出る。
「……自業自得だと思うがな。」
 顔を隠すかの様に目の前に広げていたスポーツ紙を、バサリとテーブルに置くヒロシ。こめかみに血管が浮いているが、前髪に隠れて他人には見えない。
「オ〜・マ〜・エ〜・ら〜・なぁ〜〜〜〜!!!」
 覗かせない瞳の奥に怒りを灯し、珍しくヒロシが激昂した。
「なんだこの記事は!ええ?!『まるでエンコー?!主従関係?恋愛関係?マネージャーをアゴで使う人気アイドルのワガママ正体!!』、オマエら他人に見られる職業だって自覚あんのかよ!!高校時代のごっこ遊びのつもりじゃねーだろな!!」
「「………………。」」
 テーブルの上に載った芸能ゴシップ誌の記事には、いつぞやSatolのスタジオへ行く前に行われたものとほぼ大体同じで合っているやりとりの一部始終が写真に収められている。
 おねだり攻撃するブリッコ姫、簡単に釣られる筋肉バカ、事が終わればまた性悪な素顔をさらけ出す姫……。いかにも下世話なスポーツ紙や週刊誌が好みそうな画が撮れていた。
 救いだったのは、社長であるヒロシ自らが早急に東奔西走のおわび行脚をこなした事で、概ねTV局等からの苦情も特に無く理解も得られた事、もうひとつは、たかがマネージャーとの日常でファンが動揺などしなかった事だ。あの容姿のマネージャーがブレイクアイドルと一線を越えるなど誰も考えはしない。そんな事をしでかした日には次の日から命の保障はない。というかむしろそれくらいこき使われてろ!というのが熱狂的ファン(男性)の声だろう。
 力也とちなみの間にあるのは恋愛関係0%、主従関係100%だ。それは、揺るぎない事実であり、真実であり、真理である。
 とはいえ、マイナスイメージに繋がる記事が出始めてきたことはそれなりに考えものである。実際の所、紅白の選考から漏れた理由としてこのゴシップ記事があったかは判らない。ちなみ以外にもブレイクを果たした新人ミュージシャンは他にも居る。だが、なかったとも言い切れない。
 そんな訳で、自分と目の前の二人、その他のアイドルやスタッフの飯の種を考えると、ちゃっかりやりたい事をやり通す飄々としたヒロシも、さすがに一企業の代表取締役の顔で檄を飛ばさざるを得なかった。


「…っちゅー訳でよ、もうコイツらにゃあ本当呆れるよ。」
「まぁまぁ。」
 数日後、愚痴が抑えられないヒロシに、労う様に微笑みながら綾が語りかける。
 ちなみの2ndアルバムとそのリードシングルの打合せ後に、4人で鍋をつついていた。ちなみにこの日は2010年の大晦日。
「そーだぜ、こうやって鍋もいい感じで出来上がってきてるんだからよっ!
「テメェが怒らせてんだよ。」
「…あっ、綾ちゃん、豆腐はもういいからね〜。」
「あ、うん。」
「聴いてねぇし、訊いてねぇよ。」
 鍋奉行は力也。どでかい図体に似合わぬ小器用な捌きで灰汁を取る。
 “もういい”豆腐を採ろうとして案の定取りきれず、箸で細切れにする綾に、力也がひょいと器によそう。
 さすがはマネージャーとしてちなみの営業に走ってきただけある、というところか。
「そういえばよ、今度海外に行くんだって?」
 よそわれた皿に箸を付けつながら、ヒロシは綾に尋ねた。
「ええ、ちょっと取材に。」
「もしかして行くの、初めて?」
「うん。」
「「「え?」」」
 綾の「うん。」の後に3人は一斉に「え?」と驚きの表情で彼女を見つめた。
「………え?…何か?」
 一瞬の一斉の視線…今度は綾の方が戸惑わざるを得ない。少しの間の後にヒロシが神妙に口にする。
「……いや、…気を付けていけよな。」
「?うん、ありがとう。」
 三人が共通して思うことは言うまでもなく、以下の通り。
(絶対、何か起こしそう……。)
(絶対、何か巻き込まれてそう……。)
(絶対、何か大変なことになってそう……。)

「ところで東城さん、秋まで髪型変えてたってホントですかっ?!」
「うん。そうだけど。」
 不意に切り替えたちなみの話題に綾は少し驚いた。
 「夏場を心地良く過ごすため」という何ら面白みも無い理由で僅かの期間変えた自らの髪型の事など、自宅が仕事場の綾にとって、自分でも若干哀しくなるが、それを知れる人間などごく限られている筈であるのに。
「へ〜、長くしてたの?短く?」
 ヒロシが箸をくわえながら尋ねる。
「短くしてた。こう…このくらい?」
 左手を手刀にして顎のラインに水平に動かす。髪の長さはそのくらいだ、と示す。
「へぇ〜見たい見たい!なんでまた伸ばしちゃったんですか?」
「…ちゅーか、なんで切ったの?もしかして、コレ?」
 純粋な興味を持って尋ねてくるちなみに、ヒロシはやはりイヤラシく小指を立てて口元をニヤリとして尋ねる。若干おっさんくさい。
「ええと……。」
 思わず言葉が詰まる。
 何か面白いエピソードを期待されても、短く切ったのは「夏場を心地良く過ごすため」、伸ばしたのは夏場が過ぎたため。
 何一つとして面白い返答は用意できない。お応えして嘘をつけるほど器用でもない。
 というか、自分の髪型が何故そんなに気になるのだろう。
「なんでもないよ、ただ夏でうっとうしいから、一度切ってみたかっただけ。」
「チェー、なんだぁー。…お?この鶏美味しそう〜ッ!」
 口を尖らせるちなみ。口にはしないもののヒロシと同じ事を期待していたのだろうか。興味は力也と共に鍋に移りきってしまった。
「……ありがとう、外村くん。」
「ほへ?」
 不意に出される綾の礼に、ヒロシはうどんを咥えながら素っ頓狂な声を出す。ようやくうどんを平らげてこう言った。
「なんかやったっけ?」
「この間、電話した時の、『書いちまってから判断すれば?』っていうの。」
「………。」
「…どうかしたの?」
「……いや、そりゃ役に立てて何よりだ。」
 そう言うと、ヒロシはお椀に盛られた残りのネギ類と鶏をかきこんだ。
(素で忘れてた……。)
「お、あと1時間で2010年も終わりだな。」
「あ。」
「ホントだーっ!」
 室内の一角に掲げられた時計を見て力也が呟くと、全員がそこに視線を集中させる。
 そこでヒロシが先程から気にしていた事を口にする。
「ときに東城、大晦日なのにまだ帰らなくていいのか?別に事務所(ウチ)に居ても何も構わねーけど。」
「……それがね、家には誰もいないの。ウチの両親年末年始は海外で過ごすんだって。」
「え?東城放って?」
「いえ、勿論誘われたんだけど、あたしは仕事があったから残らざるを得なかったの。お正月から一人で仕事と思うと、ちょっと泣けてきちゃう……。おせちもないし。」
 少しの自嘲が入る哀愁たっぷり漂う綾の言葉にヒロシは呆然とする。
「ワ、ワーカホリックだな……。」
「ま、仕方ないよね。仕事溜めてるのはあたしだし。」
 作家という職業人に漏れぬコメントである。
「でも今夜は一緒に盛り上がりに来てくれたんですよねっ!」
「うんっ。」
「お、ありそでなかった意外に珍しい図!」
 パシャリ!
 綾に抱きつくちなみに、すかさず、ヒロシのシャッター音が心地良く響く。
 途端に全員から笑みが溢れる。
「ま、ちなみの紅白出場がなかったのは残念だったけど、今年も色々おもしろかったねぇ……。」
 しみじみとヒロシが呟く。


「それにしても……はぁ〜…やっぱりダメだったかぁ……不合格……。」
「アンタねー、試験日前に呑気に彼氏ん家で掃除なんかしてっからそーなんだよー。」
 ガックリとうなだれるつかさを前に、トモコが冷ややかに呆れながら言葉を投げかける。
 花の桜海学園OG(それも美人)がどてらを着込んで、都内のマンションの一室(トモコの部屋)で鍋を突付く。
 ちなみに、中身は静岡おでんだ。濃口の黒々としたダシに鰹節と青海苔をかける辺り、まるで関西のたこ焼きやお好み焼きの様である。トモコの最近のマイブームらしい。
 尤も、既にほとんど食べ終わった後の様である。華があるようなないような、よく分からない図である。
「あれがあたしなりの願掛けというか、Styleなのっ!」
「じゃー、しょーがないねぇ。甘んじて受け入れな。」
 相変わらず何処か風変わりで、それでいて頑固なところがある親友である。
「その願掛けだかStyleだかなんだか知んないけど、通じないんじゃないのー?」
「うう…考え改めた方がいいかなぁ……。高校時代も似たよーな事して淳平君、志望大学落ちてたしね……。」
 どてらを着て囲む炬燵の上に顎を乗せるつかさ。見かけによらず、案外だらしなくなる一面が彼女にはある。
「いや、多分どっちも実力っしょ。」
 何らの悪意もなくトモコは正論で突っ込む。ズズズ…とダシを味わいながら。
「まーまー、落ちちゃったモンは仕方ないし、忘年会忘年会♪今年の垢は今年中に洗い流しちまいましょう!」
「いいよね、他人事で。はぁ〜…。」
「他人事らもん。」
 最後の厚揚げ豆腐を頬張りながらトモコが言う。
「ところで今更言うのもナンだけど、こんな大晦日に何が悲しゅうて女二人で寂しく鍋突付くとかさ……、彼氏か家族と過ごす予定はなかったの?」
「淳平君は2年連続海外ロケ。」
「またぁ?!」
「本人も『なんで今年も?!』って言ってた。」
「はぁ〜…アタシも昼も夜もない職業だけど、正月無いのはたまんないなー……。」
 ムクッと顔を上げて皿に鍋をよそおい、暖かさからか、ぼーっとしながら、しかししんと響き渡る様な声でつかさは言う。
「『こんな業界に入った以上は、親の死に目も見れない事位は覚悟してる』って言ってた。」
「そっか……。で、親の方は?」
「北海道へ旅行。」
「あれ?ついて行けば良かったじゃん。」
 当然の様な疑問である。
「ところが、日暮さんから臨時バイト請われちゃってねー。インフルエンザが流行ってるらしくて、クリスマスから今日までずっとレジ打ち。」
「アンタ、それ大丈夫?」
「特に問題ないけど…、なんかあったら日暮さんに責任取ってもらっちゃう。」
「そ。まぁそんな冗談言えるなら大丈夫だろね。さて、おでんもなくなっちゃったし、お風呂入ろっか。」
「うん…あ、気づいたらもう今年あと30分だ。」
「おんや、もう?それじゃ年越し蕎麦でも作って風呂は後にしますか。…いやん、新年からつかさちゃんと初風呂だなんてv」
「なにそれ。」
「今夜はこのスレンダーボディは、アタシのモノよv」
「ひゃっ!くすぐった…!もーふざけて触ってくるぐらいなら肩揉んでくれ。」


「へ〜…そうかぁ。色々あったんだねー。」
「そうそう。色々あんのよー。」
 そこにはもきゅもきゅと漬物を頬張りながら、日本酒をたしなむ浦沢舞に、カウンター越しにさつきが語りかける。
 さつきの方はようやく板についたはずの小料理屋で和服を着る事もなく、普段着にエプロンを付けるだけのラフな姿であり、客をもてなす体制にはとても見えない。そればかりか彼女の右手にも酒が入っているであろうグラスがある。
 考えて見れば大晦日。営業中なのではなく、明らかに友人として舞をもてなしているのだろう。
 ちなみのLIVEで知り合って以来、二人はなかなかにウマの合う友人であると認識した様だ。
 要はここでもプチ忘年会だ(お前らもかっ!)。
「しかし、真中っちが泉高ではそんな感じだったとはねー。」
「見えないっしょ?」
「見えん、見えん。まぁ向井を巻き込みかけたってのは頂けんけど、まぁむしろアイツ今は滅茶苦茶リア充してっからなー、別にいいや。」
「ちょっとー!巻き込まれた人間ここにも居るんですけどぉ〜?」
「あれ?笑い話かな?って思ってたんやけどー?」
「ひどっ!ひっどぉおおい!!舞っち、半年位の付き合いなのに遠慮なさすぎじゃない?!」
「笑い話にしてナンボだって、そんなの。」
「まぁ、そーだけどね。…アハハハハッ!」
「ンハハハハッ!」
 …出来上がっているのは、言うまでもないだろう。
 しかし、やや一呼吸置いて、さつきが神妙な面持ちで語りだした。
「……ただね、色々あったせいか、アイツも…ちょっと変わった気がするのよね。」
「ほぉ、それは?」
「何て言うんだろう?あたしも上手く言えないんだけど、前よりもなんか影があるっていうか…並々ならぬ強い意志を感じる気がする。ま、面白くないのは、そこに絡んでるのが東城さんって事なんだけど。」
「なんで?」
「出会った時から彼女の脚本で映画を撮るのがアイツの夢だったのよ。高校時代は素人の真似事とはいえ、半分それを実行に移してたしね。」
「え?そこまで深い仲やったのに、全然違うガッコのコとくっついたん?」
「うん。ちなみに、そのコの事は聞かないでね。実はあんまりよく知らないし、ますます面白くないから。それから夢だったという過去形は訂正する。まだ何にもカタチにはなってないけど、現在進行形みたいよ。」
「……分からんなー。真中っちの心、バラバラじゃね?全然違うコが好きなのに、夢を見たいのは東城さん?それって東城さん利用してるだけで結局傷つけるだけじゃないの?ヘタこいたらその違うコの方も。」
「……アイツは、それだけは何としても避けたいと考えてるはず。そこまで恥知らずな男だったらあたしだってクサレ縁切ってるわ。それに東城さんだって過去や葛藤を乗り越えた上でアイツに向かってると思う。それを傍から見て『利用してる』とか『利用されてる』とかいう陳腐なモノサシで測るモンでもないとも思う。それは二人が自分で決めることよ。」
「アタシのよーな常識人にゃ、理解できない…かな。」
「ある意味、住んでる世界が違う人種だからね。ただね…。」
「…?」
「傍から見て、"危うく"視えるのは確か。二人とも。特に二人共と性格が正反対なあたしだからそう視えるのかもしれないけど。」
「……………ま、ウチ的には真中っちのおかげで向井の男性恐怖症が解消したよーだし、今はアイツも右島クンと上手くやってるよーだから、一応感謝しとく。」
「こずえちゃん、幸せそうだったね。ちょっと羨ましいかも。」
「あー、男性恐怖症のついでに妄想癖も治してくれとったら尚良かったんやけどなー。」
「なんじゃそりゃ。」
「こんばんわ〜。」
「お、噂をすれば向井。」
 ガラリと戸を開けると、きらびやかに着物を纏った向井こずえが入ってきた。
「おー、凄ーい!へぇ〜可愛いじゃん、こずえちゃん!!」
「ってゆーか、お前遅い!」
「ごめん、舞ちゃん。着付けしてたら凄い時間かかっちゃって。」
「慣れねー事すっからだよ。見ろよ、さつきっち、せっかくタダ酒用意してくれてんのにもうあとちょっとで2010年終わっちまうじゃん。」
「ご、ごめんなさい、北大路さん!」
「タダ酒ってね…。よし、そんじゃあたしらもそろそろ初詣行く準備すっか。」
「しゃーないね。あれ?右島クンは?」
「ん?右島くんは先に神社行ってるよ。」
「じゃ、待たせちゃ悪いし急ごっか。」
「おけー。」


「ふぅ〜…疲れたなぁ…。まさか今年も飛行機ン中で年明けを迎えるとは……。」
 あ〜眠ぃ、とぼやきながら、2011年の元日夜になって、淳平が帰ってきた。
 空港のロビーで一度腰を落ち着け、携帯を眺め見る。
「お〜すげぇ……。」
 それなりの数のあけおめメールが一斉に到着していた。
 言うまでもなかろうが、淳平の携帯は国外は使用不可だ。
(それでも……、やっぱり東城からは無いか。)
 パチリと携帯を折り畳む。
 別に期待している訳ではない。それどころか、むしろこの方が安心に近い感情を抱けた。
(まだ俺達は、逢うべき時じゃない……。)
 その事を確認したかったからだ。
「さて、帰るか……。」
 盛り上がる日本の年越しに、一人遅く戻る淳平の顔には、少々の疲労とほんの少し次へ向かう事を意識した充実感があった。
 さつきをして「クダラナイ」と言わしめる、幼くてそれでいて頑なな二人の決意。
 それは来るべき約束の時、壮大な夢の為、自分の為。

 だが、数ヵ月後、それはとある大事件により、思わぬ形で破られる事を、淳平も綾も、この時知る由もなかった――

 
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