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■SCENE-28:『Valentine Session』


「じゃーん!南戸唯、無事に就職決まりましたー!!!」
「……はい?」
「…って、じゅんぺー、何?そのカッコ。コスプレにでも目覚めたの?」
「オマエこそなんだよ、似合わねースーツなんか着て。」
 都内の淳平のアパートにて、突然の唯の来客。
 それも淳平が見たこともない、まるでガラでもないスーツを着込んだ姿だ。
 一方の淳平も、デカくなった図体に似合わぬ白エプロンに三角巾を着込んで台所に立っている。唯は正直気持ち悪いと思った。
 互いに互いが考える普段の姿からは程遠い。
「あ……とりあえず、閉めろ。寒い。」
 季節は2012年の2月。
 呆気に取られて開け放していた唯だが、玄関の扉を閉めねば寒さには耐えられない。まして暖房などろくに使えず(金銭的に)、決死の努力で暖を取る貧困青年の部屋では。

「なるほど〜。それでガラにもなくお菓子作りなんかやってんのか〜。」
 ニマニマと半分からかい気味に唯がつぶやく。
「ま、まーな。日本じゃ“女から男に”で、男からはホワイトデーでってのが相場だけど、海外じゃ別に決まっちゃいないんだよ。アイツには結構サプライズで色々されてきてっからな、たまにゃ〜こっちから先制攻撃ってワケよ。」
 同じくニマニマと企み顔で淳平がつぶやく。
「そんなの唯だって知ってるよ。」
「ま〜そりゃ唯も海外生活長いもんなぁ。」
「ってか、西野さんも知ってんじゃないの?」
「………あ。そうかも。」
「え?それ本当に考えてなかったの?」
「ま、まーでも!やっぱ日本人なら先入観ではやっぱ“女から男に”が主流だから、想像はしねーって!な!ははははは!」
「まぁそうかもね……ん?」
 ピリリリリ!
 作戦に支障はなし!とばかりの得意げな淳平と、それに納得する唯の元へ、突如携帯が鳴り響く。充電中の淳平の携帯だ。
「はい、もしもし?」
「って、おい。俺の携帯だろ。」
 生クリームを作る手を止めて取ろうとする淳平を尻目に唯がヒョイと取り上げて応対する。
「…はい、こちらじゅんぺーのケータイですが。」
「おい!おま…仕事の電話だったらそんなの…」
「はい、唯でーっす!え?まーちょっとご報告がありまして〜。…え?そーなんですか?はいはい。え?別にいーんじゃないかと思いますよぉ〜。あははは、いやいや〜あたしの方がおじゃまですし〜。え?あー、あたしもお会いしたかったです〜ゼヒゼヒ!あ、はーい、それじゃ待ってまーす!」
 唯とて、勝手の分からぬ相手にずっと応対はしないであろう。
 ましてこの馴れ馴れしい口調、相手が今更判らないはずもない。
「……………もしかして、西野?」
「当たり。」
 ケロっとした無表情で、携帯を操作する唯。
「じゅんぺーの『しーくれっと☆ばれんたいん計画』、失敗だね。残念でしたー♪」
「は?ってかなんだその名前……。」
「あと5分で着くんだってさ。」
「はあああああ!???マジかよおい!今すぐ片付けるぞ!!」
「んな事言ったって間に合わないんじゃないの?こんだけ色々散らかしてりゃさ。あ、クッキーみたいなの?もまだ焼いてる途中みたいだけど、どーすんのさ?」
「ああーもう、いいよもう!捨て…いや、喰う!喰って隠す!!っつーか、オマエも手伝えよぉお!!」
「なぁんで唯がやんなきゃいけないのさー?他人のプレゼントの準備のためにさー。大体唯、今、一張羅なんだからね。汚れたらどーすんのさ!」
「いいからやれ!手伝わんなら出てけ!」
「ったぁ〜もう…しゃーないなぁ…ってわああああ!!!」
「お、おい、大丈夫か?!いぎっ!あ、紐がひっか…うわああああ!!!」
「……いったぁ〜。なんだよこれぇええ!なんで床に卵が捨ててあるんだよ!ちゃんとしなよじゅんぺー!!唯のシャツ、チョコでベトベトじゃあん!!?」
 床に落ちていた卵のカラからこぼれた白身に足を取られた唯と、台所下の扉の取っ手にエプロンの紐を取られ、唯に覆いかぶさる様にこける淳平。同時に唯の胸元にはチョコのボウルが見事に降りかかっている。
「うわぁごめん!いや、だからってこんなところで脱ぐんじゃ……!」
「だってすぐに洗わないと残るじゃん!……いたっ!!」
 唯が反射的に状態を反らすと、今度は頭が台所に置いているクリームのボウルに当たる。それはてこの原理で勢い良く回転し……、
 … べ ち ょ 。
「……………。」
「……………。」
 無言の二人の傍らで、カンカラカン、とクリームが入っていたアルミのボウルが落ちる。
 唯は頭から顔までクリームまみれ、淳平も唯の次に二次災害で落ちてきたボウルから幾分顔にクリームが付いている。

 ガチャリ。

「こんにちは〜じ…、………!?」
「……………。」
「……………。」
「……………。」
 無言は二人から三人になった。
 玄関から現れたのは言うまでもなく、つかさだ。
 唯はクリームまみれのまま呆気に取られ、淳平は顔を引きつらせて口をパクパクとさせている。西野の“に”の字も、つかさの“つ”の字も、口にできない。
 この状況は何だ?
 サプライズの逆バレンタインチョコケーキを作っていると、唯が突然やってきた。
 つかさが突然やってくると言われた。
 慌てて片付けようとするが、余計散らかって唯ともみくちゃになった。
 つかさが現れた。
 つかさの目前には胸元をはだけさせ、ブラジャーも見える唯がクリームまみれになっており、淳平と組んずほぐれつヨロシクやっている。
 さて、問題。
“Q.ここでつかさが次に取る行動は?”
「……………お取り込み中の様で。」
 バタン。
“A.そのまま扉を閉める”
「……………。」
「……………。」
 無言は再び二人になる。
 カツカツと階段を降りていく音が聴こえると、ようやく淳平が我を取り戻す。
 バッと身を乗り出し、つかさを追いかける。
「……ちょ、ちょっと待て!待ってくれ、西野!」
 バタン。
 無言は二人から一人になる。
 一部始終をポカーンと眺めていた唯の髪の右頬辺りからクリームが胸元に落ちる。唯はそれを右手の人差指で一すくい、舐めてみる。
「……甘すぎ。」

 フン!とふくれっ面を隠すこともなく、足早につかさが去ってゆく。
 言葉も発さない辺りがかなりのお怒りモードの証。
「ちょ、ちょっと待ってくれって!!」
 案の定、後ろで淳平が呼びかける声が聴こえる。が、「もう知らない!」とばかりに無視を決め込み、つかさは足を進める。
淳平が、お知り合いの女の子にしょっちゅうデレデレするかコソコソ会うかしていたりしてきたのはつかさもよく知っている。でも、まさかというべきか、ついにというべきか、いずれにせよ、いくら自分も気を許している相手とはいえ、唯に手を出そうとするとは……!
「聴いてくれって西野ー!」
「知らないっ!別にあたしも近くに来たから寄ってみただけだし、あたしの知んないトコで、今日は唯ちゃんと楽しく過ごすんだったんでしょ!邪魔者は帰りまーす!!」
 まだ後ろを振り向こうとしないつかさに淳平が必死に弁解する。
「誤解だって!唯だってさっき突然やってきたばっかだし、今日は俺一人でいるつもりだったんだよー!!」
 叫ぶ淳平にそろっとふてくされた表情のままのつかさがようやく振り向くと、その顔がギョッとした表情に変わる。
 必死に弁解を図ろうとする淳平の姿は小汚い普段着のスウェットに、似つかわしくないエプロン・三角巾状に巻かれたタオル、慌てふためきまくり全開とばかりにクリームのついた泡立て器を持ち、全身ところどころクリームまみれ。それでいてそれなりに精悍な体つきというとんでもないミスマッチぶり。
 99%相当控えめに言っても「外に出る格好ではない」。
「な………!そんなカッコして外出てくるなんて何考えてんのよーっ!!」
「ぐはぁっ!!!」

 ザァアアアア……――
 浴室で唯がシャワーが体を洗い流す音が聴こえる中、机を挟んでつかさは腕を組みながら、正座する淳平をじっと睨みつけている。
「…で、あたしにナイショで逆チョコを作ろうとしていたと。」
「はい。」
「で、それがどーして唯ちゃんにクリームが……。」
「だからそれは……。」
「…もういい。」
「……(いいなら言うなよ。)」
 ボソリ。
「…何!?」
「い、いや、なんでもない……。」
 しかし、淳平からすれば何もやましい処は無い。
 むしろ突然の来訪者によって、本日の予定および秘密裏の計画は台無しだ!なのに、どうして自分の部屋で正座して怒られなければならない?おまけにお怒りの主が曰くの「そんなカッコ」のままだ。
 とはいえ、つかさが開戸一番に目にしたモノは、あられもない唯と淳平が組んずほぐれつヨロシクな状態なワケだ。何かのシュミやプレイかと疑ってくれるな、という方が土台無理な話だ。
「は〜〜っ、さっぱりした〜〜!!」
 バスタオル1枚で出てくる唯を見て、淳平が思わず叫ぶ。
「おま…!向こうで着替えてから来いよ!!」
「唯ちゃん……少し自重してくれる?」
 慌てる淳平とは対照的に、つかさは笑顔を崩さず、高校時代の様な後輩との会話と変わらない。が、しかし流石に言葉の内容には少し苛立ちを滲ませている。
「(気をつけろ……ああ見えて顔で笑って本当はスッゲェ怒ってっから……。)」
「(なるほど……解ったよ、じゅんぺー。)」
 密やかな声で耳打ちした、こっそりのアドバイス。
「淳平君…何か言ったーーー!!?」
「あ、いえ、いえ…何も……!」
 しかし、つかさの耳は、地獄耳……。
「とりあえず唯ちゃん、着替えてくれる?どーやらこちらの助平なお兄さんが気が散ってしょうがないみたいだから。」
「は、はい……。」

「で、淳平君はこう言ってるけど、間違いない?」
「はい…ごめんなさい。で、でも…、じゅんぺー、こーゆーのウソつけないから!信じてあげてください!!」
「!……、ま、まぁ…突然やってきたあたしもアレだし……、でも、変なドジはやめてよね。」
「「はい〜……。」」
「……ところで、どんなケーキを作ろうとしたの?」
 反省する二人を見て、つかさがようやく話題を変えようとする。
「えっと……一応こん中あんだけど……。」
「え〜…どれどれ?」
 淳平が差し出したレシピ本をつかさが受け取る。
「…ってこれ、日暮さんの本じゃん。」
「ま、まぁ西野の師匠だしな……。」
「いやそんなのは気を遣う必要ないんだけど……。そんな事よりも……。」
「?」
「……どれ?」
 本を立ててページをめくりながら目を左右に動かすつかさの脇で、淳平の(昔の)服を着た唯もまた興味津々といった態度でうかがう。
 唯からすれば、何しろあの淳平がケーキ作りだなんて似合わなすぎて、面白おかしくてしょうがないのだ。
 ただ、つかさの表情はやや雲行きが怪しい。
「一応、これなんだけど……。」
「「え……?」」
 ページを指し示した後、再び本を立て、見開かれたページの左右をつかさと唯が目を通す。つかさに続いて若干唯も表情を曇らせる。
「淳平君、料理歴って何年だっけ?」
「え?まー、高校出て、海外行ったりして、今は一人暮らしだから…数えると4、5年くらいか?」
「お菓子作りは?」
「初めて。いや、これが結構楽しくってさー。」
 新しい事へのチャレンジに素直に心躍らす淳平だが、つかさと唯の曇った表情は確信めいたものに変わる。
「いや、じゅんぺー……、」
「……悪いけど、これ淳平君には難しいんじゃないかな……。」
「え?そ、そりゃ日暮さんとかみたいなのは無理だろうけど……!」
 淳平にも男としてのプライドがあるのか。比べるべくもない、比べられたくない相手との比較を拒否して格好を付けようと試みるが、自らの過ちにまだ気付づかない。
「いや、そういう事じゃなくて……ね。」
「じゅんぺー、これ難易度:星9つ(★★★★★★★★★☆)だよ?」
「は?」
「ほらぁ〜?ここ見なよ。MAXが10で、★が9つ!」
「へ?これ星1つ(☆)じゃないの?」
「んなワケないじゃん!じゅんぺー、それ反対だよッ!!」
「ウソだろー!?おかしいだろこんなの!☆印の中が空いてる方が“点いてる”ってコトだろぉ!?」
「おかしいのはじゅんぺーだよ!フツーこっちから見るよぉ〜!!ほらぁ〜こっち左寄せで文書全部書いてるじゃん!それを右から数えるっておかしいよぉ!!」
「えええええ?!……ううう、どーりでなんかおかしいと思ったんだよな……なんかあんまり聞かない食材とかあるし……苦労して手に入れたのに。」
「アララ、いじけちゃった……。」
 背を向けて子どもの様に拗ねる淳平を見て、つかさがパタリと本をたたみ、こう言った。
「じゃあさ、残ってる材料でもうちょっとカンタンなの一緒に作ろっか。」
「へ?」
 先ほどの漫才の様な唯とのやりとりを見て、すっかりつかさも怒気が引いてしまった。彼の計画をブチ壊しにしてしまった事もあるし、「しょうがないなぁ」と言わんばかり。だが、どこか嬉しそうだ。
「ね?今回は唯ちゃんの就職祝いって事にして、あたしのは普通にホワイトデーでいいいからさ。」
「わーい、西野さんのケーキが食べられるー!(じゅんぺーは関わらなくてもいいんだけど…)」
「……え?唯、オマエ就職したの?」
 その瞬間、食い気に浮かれる唯の表情が固まり、見る見る内に半泣きになりながら震え出した。
「… … … ……じ…じゅ…、じゅ・ん・ぺ・ぇえええええええ!!!それ最初に言ったでしょおおおおおおおおお!!!!!」
 つかさの物静かな「お取り込み中の様で。」とは対照的に、悲壮感すら漂う、唯の怒りの叫びが一帯にこだました。
(これ今日、絶対俺、女難の相が出てるって……。)
 自らの不注意がある事は重々承知しつつも、淳平はそう思わざるを得なかった。

「じゅんぺーって結構人の話聞いてないんだよなぁー。」
 淳平のアパートから再び腹を立てながら歩く女性が現れる。言うまでもないが、今度はつかさではなく唯だ。

「唯〜、冷蔵庫にロクな飲みモンねーから、何か買ってきてくれよ〜。唯の飲みたいモンでいいからさ!」

 そう言われてお使いに出向く唯。
(あんなんで上手くやっていけてるのかな……?)
 淳平はああ見えて熱い人間だし、優しいし、困った時には何度も助けられた。でも、助けた事も多いし、結構ヌケているウッカリさんでもある。
 少なくとも“気が利くタイプ”では全ーっく無い事は確かだ。
(あれじゃ西野さん苦労してんだろなー……ま、どーでもいっけど。)
 コンビニで自分好みの飲み物をささっと買い、唯は淳平の家に戻る。

「ただいー……?」
 玄関の扉を開けようとしたが、奥から淳平とつかさの会話が聞こえてくる。
「だめだよ……もっと激しく……。」
「こ、こうか……?」
「…そう…だ…けど、そんな乱暴にしないで……、優しくして……。」
「そ、そんな事言われても……。」
「早くしないと……、唯ちゃんが帰ってきちゃ…、ああ、溢れちゃうっ!!」
 何この会話。
 まさか……!?
 いくら恋人同士とはいえ、まだ太陽は登っているというのに!知人(唯)も居るというのに……?!
「なっ……!何やってんだよ二人共ッ!!」
 バン!と勢い良く唯が扉を開けると、キョトンとした顔で淳平とつかさが声を揃える。
「えっと……」
「「ケーキ作り?」」
「へ……?」
「もー、唯ちゃんも言ってあげてよ。淳平君、想像以上に不器用なんだよ〜。」
「んな事言ったってさ、時間はかけないで素早くしっかりかき混ぜるって、これ難しいって〜〜。」
 淳平の手には生地の作り直しをさせられているのか、ボウルが片手に。チョコを再びかき混ぜている様に。
「あ、そう…そうだよね。」
「「?」」
 一人赤面を隠そうとしながら、唯が部屋へ入っていく。
「あ、そうだ。肝心な事聞き忘れてたけどさ、唯、何時まで居られるとかあるの?」
「ううん?今日は別に。家に帰れれば。」
「そっか。それじゃ悪いけど、ちょっと時間かかるから待ってくれな。」
「いいよ〜。」
「待ってろ〜?絶対『美味い』って言わせてやるからな〜。」
「じゅんぺーは頑張んなくてもいいよ。」
「それどーゆーイミだよ!?」
 傍らでつかさは笑うばかりしかなかった。

「お待ちどお様」
「わーい!」
 出来上がったチョコレートケーキが運ばれ、テーブルに置かれる。3つのケーキの内、1つ、唯のだけは若干大き目だ。
「いただきます。」
「急ごしらえだけど、お口に合いますかどーか。」
「んー美味しっ!さすが西野さんっ!!」
「おい、オレも作ってるっての。」
「じゅんぺーは、どーせ材料かきまぜたとかそんくらいでしょー?」
「んなコトねーよ!」
「まぁまぁ…でも、ほとんど淳平君が作ったのは本当だよ。あたしはなるべく手を出さないで口だけ出してたから。」
「……へぇ〜、すごいじゃん、じゅんぺー。」
「……まぁ西野が居なかったら作れてはいないけど……。」
 淳平とつかさもケーキに手を付けると唯が思い出した様に言った。
「あ、いけない。飲み物忘れてた。」
 そう言いながら、冷蔵庫から買ってきたドリンクを取り出す。
「あ、あたしやるね。」
「すみませーん。」
 すかさずつかさが立ち上がってコップとストローを取り出す。唯が均等に3人分注いで、テーブルに置いた。
「ん?これは?」
 淳平が聞いてきた。
「ん?いちごオ・レだけど?」
 あっけらかんと答える唯がチューっと吸い始める。
「……オレ、牛乳苦手なんだけど。知ってっだろ?」
「な〜に言ってんだよ〜。淳平が唯の飲みたいモノ買ってこいって言ったんでしょー?!」
「そうだよ、好き嫌いは良くないぞ。」
 だめだ。女性一人相手でも言葉で勝てないのに、二人も居ては勝てない。
「わかったよ。」
 若干ふてくされながら飲み始める淳平。
「じゅんぺーってさ、ヘンなんですよ。牛乳はとにっかく嫌いなのに、ヨーグルトとかチーズとかはヘーキなんだよ。」
「そういえば、あたしが作ったチーズケーキも普通に食べてた事あるかな。」
「ん!…あろさ、加工しれるヤツは大丈夫なんらよ。」
「食べながら話さない!!」
 唯も同感だったが、いち早く遮ったつかさを見てこう思った。
(コレ、淳平ゼッタイ尻に敷かれるね……。)
「ゴメン……でさ、それで唯さ、どこに就職したんだよ?……ってか、就職って事自体も驚きなんだけど。」
「!…まーイロイロあってね。なかなかボランティア活動ってのも理想ばかりじゃなくてね。いくら現地で草の根で活動してても、政府が腐敗してるとかさ……や、自分の参加してきた事を否定するワケじゃないよ?ただ、体力的にもず〜っと続けられないし、親も心配してるしさ。ま、色々自分の都合とタイミングが合ったって事かな。」
「ふーん。」
「で、たまたま知り合った日本の会社の人に誘われてさ。来月からここで働くの。」
 唯が鞄から取り出したのは彼女が働くであろう企業のパンフレットだった。
「なになに?『アマチ環境システムズ』?何やってるトコ?これ。」
「んー……一言で言えば、お水を作る…お水屋さんかな?」
(アマチ…なんかヤな名前思い出しちゃったな……まぁ関係ないだろうケド。)
 パンフレットを眺める淳平のそばで、今度はつかさが質問してくる。
「水を作る……?」
「地下水を組み上げたり、海水を真水に変えたりといった機械のメーカーですね。世界的には水を豊富に使える方が珍しいですから。」
「なるほどな〜。」
「3ヶ月ほどは日本に居るけど、その後はどっかに行く事になると思うな〜。」
「えー?それじゃ結局今までとあんま変わんねーじゃねーか。」
「いやまぁ、唯、だって英語とか喋れたり、活動してるトコの情勢とかある程度詳しいからさー、そりゃー海外行くよ。」
 唯にとって、自分の人材としての価値は今までの活動があっての事である事を自覚しているので、淳平の疑問が今更な気がしていた。
 と、もしかして?と意地悪く言ってみる。
「あ、ナ〜ニ?もしかしてじゅんぺー、唯が日本に居ないとサビしいんだぁ〜?」
「ん?んー……、……まぁ。」
「ふぇ?あ、…あ、そう。」
 そこは「んなコトねーよ!」じゃないの!?まして自分も海外飛び回ってたくせに!!
 一方、つかさはこのやりとりの中、いちごオ・レを吸いながら、変に冷静に様子を眺めていた。
 (こーゆートコ、淳平君ズルいよなぁ……。)
「ま、まぁ、時々は日本に帰ってくるよ。お父さんもお母さんも心配するしさ。ごちそうさまでした!」
 話し込む間に、ケーキは3人ともすっかり腹の中。
 唯の「ごちそうさま」に続き、淳平とつかさも手を合わせる。
「「ごちそうさま。」」
「さて…と、じゃあ唯、そろそろ帰るね。」
 すくっと立ち上がり、荷物を持って帰ろうとする唯。すっかり日は暮れていた。
「じゃあ駅まで送ってくよ。」

 淳平のアパートから徒歩10数分。最寄り駅に三人は到着していた。
「じゃにぇ〜、じゅんぺー!ありがとうございました、西野さんも。」
「またね。」
「おーう。次は連絡してから来いよ。」
「はいはいはい。あ、じゅんぺー、今度会ったら、クリーニング代か代わりになんかおごってよね。」
「勝手に来て災難に巻き込まれるオマエが悪い。」
「んだと〜?西野さ〜ん、なんか言ってよー。最近のじゅんぺー、絶対口悪くなってるよ!」
「淳平君、女の子には優しくしてあげなきゃダメだぞ。」
「あー、西野さん、半笑いで言ってる〜。」
「だって、見てて面白いんだもん。」
 プァアアアーン……――
「おい、バカ話してる間に電車来たぞ。」
「あ、いけない。じゃ、今度こそ、またね〜。」
「バイバ〜イ、唯ちゃん。」
「おつかれー。」
 改札を出て、電車に乗り込み、窓から笑顔で手を振る唯。程なく電車に揺られて帰っていった。
「……ふぅ。唯に俺が今日ヒマって教えたの、西野?」
「え?あ、う、うん。たまたま今朝メールで聞かれて答えただけなんだけどね。うーんでもまさか唯ちゃんも突然やってくるとは思わなかったなー。ま、お陰で賑やかだったけど。」 「唯もそうだけど、来るなら来るって言ってくれよー。悪いクセ。」
「はいはいはい。」
「あ、悪いと思ってないだろ。唯のモノマネして。」
「あ、バレた?まぁでも、ゴメンね。せっかく色々準備してくれてたみたいなのに。」
「うーん、まぁ西野流のケーキの作り方もちょっと解ったし……面白いモンだな。」
「いいモンでしょ?来週のバレンタインデー・プラス1は今日の埋め合わせで、ちゃ〜んと凄いの作るから、ね。」
 “プラス1”というのは、2月15日の事で二人にとってのバレンタインデー。
学生時代のバイトではまだ余裕があったのだが、つかさが今の仕事に就いてからとてもバレンタインデー・ホワイトデー・クリスマスといったケーキ屋のかきいれ時は休めるものではなくなった。だから、その翌日の“プラス1”がバレンタインデーになっているという事だ。
尤も、淳平の方はその日がしっかりとした休みになれるかというとなかなか難しい。それでも頑張って最低でもケーキを受け取るだけは欠かさなかった。こんな美人の彼女からの美味しいケーキをその日の内に頂戴しないなんてそりゃ男として甲斐性なしってモンだ。
「すっげぇ楽しみにしてるよ!それに、今回はちゃんと丸1日休みがあるからさ。ゆっくり何処か行こうぜ。」
「え?そうなの?」
「おう。なんとそれだけではない。3.15、ホワイトデー・プラス1も開けてある!…あれ?その前にも2、3日オフがあったかな。あ、後で確認してみるよ。」
「へーっ!びっくり!!」
「嬉しい?」
「うん、これはムダに過ごす訳にはいかないぞ!」
「だな。」
「あ、いけない。あたしもそろそろ帰らなきゃ。あたし、淳平君と行きたいトコとかあるからさ、予定合う様だったら行こーね!」
「うん。メールとかで連絡って事で。じゃ今日はまたな。」
「またねー。」
 嬉しそうに腕を振って改札を通り抜けていくつかさ。それを見送る淳平も思わずニンマリ笑顔がほころぶ。
 互いが見えなくなってしまってから、ようやく淳平が家へと引き返す。
 つかさはホームで時刻表を確認してみると次の電車までは7分程待ちであった。ちょうどベンチが一席空いていたので腰かけて待つことにする。
「そっかー。久々に結構休み……。やー、何処にデートに行こうかな〜?あ、あたしもなるべく予定空けなきゃな〜。」
 互いの多忙で会う事も大変な中、結構立て続けに休みがあると聞くと、心躍らずにいられるだろうか、いやいられない!
 が、そこでつかさに浮かび上がる、妙な疑問。

「… … …ってアレ?……なんで急に淳平君、そんなに休み取れてるの??」



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